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東京高等裁判所 平成9年(ラ)2067号 決定 1997年11月27日

第二〇一四号抗告人(弁護士・原審申立人)

野口敬二郎

第二〇六七号抗告人

山口優

第二〇六七号抗告人

山口敏江

利害関係人

山口美代子

代理人弁護士

小澤彰

参加人

片岡節子

遺言者

甲野花子

主文

一  原審判を取り消す。

二  遺言者が平成九年六月四日別紙の遺言をしたことを確認する。

理由

一  抗告人らは、それぞれ原審判を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻す、との決定を求めた。

その理由は、別紙1(抗告人野口)及び2(抗告人山口ら)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

(1) いわゆる危急時遺言確認の申立てに対する審判の手続において、家庭裁判所は、当該遺言が遺言者の真意に出たものであることの心証を得なければ、これを確認することができないものとされている(民法九七六条三項)。この規定は、死が迫っている危急時であるところから、遺言の成立に厳格な方式を要求することが期待できない場合において、遺言の方式を緩和することによって遺言者の真意がゆがめられ、あるいは遺言者の真意に基づかない遺言が作出される危険性を除去するため、家庭裁判所に対し、当該遺言が遺言者の真意に出たものであることを確認させることとし、確認の得られない危急時遺言は、遺言としての効力を生じないものとするものである。このように、遺言の確認は、危急時遺言に遺言としての効力を付与する必須の要件をなすものであるが、もとより、遺言の有効性自体を確定させるものではなく、その最終的判断については、既判力をもってこれを確定する効力を有する判決手続の結果に委ねるべき途が確保されていなければならないことを考慮すると、危急時遺言の確認に当たり、遺言者の真意につき家庭裁判所が得るべき心証の程度は、いわゆる確信の程度に及ぶ必要はなく、当該遺言が一応遺言者の真意に適うと判断される程度の緩和された心証で足りるものと解するのが相当である。したがって、家庭裁判所としては、この程度の心証が得られた場合には、当該遺言を確認しなければならないものというべきである。

(2)  これを本件についてみるに、記録によって認められる原審判認定の事実(原審判一枚目裏六行目から同二枚目裏九行目までに記載の事実)によると、抗告人野口は、弁護士として遺言者と従来から親交があったが、遺言者の入院当初から財産の処分についての相談を受け、数回にわたって病院に行って遺言すべき内容につき遺言者の意向を聴取していたところ、遺言者の病状が急変したとの連絡があったため、平成九年六月四日、急遽他の証人二名を伴って病院に赴き、遺言者から従来から聴取していた内容に沿った遺言の口授を受けてこれを筆記し、これを遺言者に読み聴かせた上、その筆記の正確性を承認して抗告人野口を含む各証人が署名押印して、別紙の本件遺言を作成したものであることが認められるのであり、これらによれば、本件遺言については、容易に、さきに述べた一応遺言者の真意に適うと判断できる程度の心証を得ることができるものというべきである。

原審判は、本件審判申立ての当日である同年六月二三日(原審判は六月二四日とするが、記録によれば、六月二三日の誤記と認められる。)に実施された家庭裁判所調査官による面接の際における遺言者の言動(原審判二枚目表九行目から同裏五行目まで)を根拠にして、確認に必要な心証を得られないというもののごとくである。しかし、危急時遺言の確認に当たって必要とされる心証の程度はさきに述べたとおりであり、かつ、遺言者の意思は、その後の精神状態の変化、周囲への感情等により、刻々変化しがちなものであるから、前記のような言動は、遺言をした後に遺言者の心境に変化を生じたことを認めるべき事情として評価するのが相当であり、本件遺言の当時において、その真意に沿わない遺言が作成されたことを窺うべき事情と判断することは適切ではないものというべきである。

以上によれば、本件遺言については、さきに説示した程度の心証が得られるものというべきであるから、これを確認しなければならないものというべきである。

三  そうすると、本件遺言確認申立てを却下した原審判は不当であり、その違法をいう本件抗告は理由がある。

そして、本件においては、前記の説示に照らし、当審において、自ら本件遺言の確認をすることが相当であるから、原審判を取り消した上、本件遺言を確認することとする。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官今井功 裁判官小林登美子 裁判官田中壯太)

別紙<省略>

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